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麻布十番のレストラン

テナントビル

担当:青木弘司、高橋優太、筒井魁汰
所在地:東京都
敷地面積:82.98㎡
建築面積:62.66㎡
延床面積:166.23㎡
設計期間:2019.7ー2021.1
施工期間:2021.2ー2022.1
共同設計:齋藤由和/アデザイン
構造設計:平岩構造計画
施工:ビーンズ、大成ロテック
写真撮影:山岸剛


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時代の道標としての建築
麻布十番に計画したテナントビルである。麻布十番は、台地と谷間が織りなす複雑な地形の上に位置し、敷地も急な坂道と擁壁に囲まれている。たとえば、近隣の暗闇坂は、坂道を覆うほど鬱蒼と樹木が茂り、昼間でも薄暗いことから名付けられたと言われているが、敷地に面する擁壁の上からは、隣地の庭の木々が建物に暗い陰を落としている。また、麻布七不思議という、池や沼、異形の樹木などに関連した、土地に由来する言い伝えもある。地形的な特異点には、かつて物語が生まれた。しかしながら、このような物語は、今では語り継がれることもなく、遠い土地の記憶として忘れ去られている。見慣れたものでありながら、長い時間の経過のなかで忘却され、疎遠になってしまったものが眼前に現れた時に、私たちは「不気味さ」を感じる。
私は最近「不気味さ」に関心を抱いている。この関心の根底には、次のような問題意識がある。新型コロナウイルスという目に見えない恐怖との共存を余儀なくされているなかで、さまざまな対策が施されるほどに、社会の同質化も加速し、異質なものが排除されているように思われる。同質的な社会は、安心や平穏を盲信するような、紋切り型の価値観に支配され、私たちの多様なアイデンティティを奪い去ってしまうのではないかと危惧している。私たちの日常は、もっと複雑であり、差異や偶然性に満ちている。さらに言う と、薄気味悪い謎めいた気配や、不安や恐怖を引き起こすような要素を含んでいる。このような、日常に潜在しつつも秘密裏に隠蔽されてしまった「不気味さ」に、今こそ向き合うべきではないか。今を生きる建築家は、建築の実践を通して、制度化された価値を問い直し、生の実感を取り戻すための寛容な空間を提示しなければならないはずだ。
今回の計画では、テナントビルというプログラムゆえに、内部の要求が括弧に括られているなかで設計しなければならなかった。当初から入居が決まっていたオーナーの飲食店舗も、コロナ禍でオペレーションの変更を余儀なくされるなど、具体的なインテリアの条件が定まらなかった。テナントビルの定石としては、最大限の容積を確保しつつ、いずれはテナントが入れ替わることを想定するなど、可能な限りフレキシビリティを担保するだろう。内部の問題を棚上げして、外観のデザインに注力することもできる。しかし、プログラムに従って、建築を内部と外部の問題に切り分けるのではなく、建築そのもの自体の問題に創作の糸口を見つけ出したい。流動的なインテリアの質に左右されることなく、この場所に存在し続けるような、建築の自律性を問いたいと考えた。
立ち現れた建築は、地殻が変成作用を受け、地形の一部が隆起したかのような姿を想起させる。躯体に穿たれた開口や、建物に付帯する階段や手摺、雨樋や設備の配管類などの造形に加えて、即興的に設えられたかのような照明器具や石板のように自立したコンクリートの塊、歪に欠き取られた壁など、意匠の根拠を容易に探ることができないような立体が内外に溢れている。一見すると無根拠な造形言語から、スラブの段差や梁型でさえも、構造の合理から逸脱した無用のオブジェクトのように感じられる。さらに掘り下げると、建 築のエレメントをモノのレベルに解体することで、見えがかりの情報量を増大させているとも言えるだろう。この時に、それぞれのモノの輪郭を二次元化して取り出しながら、その輪郭を形づくる「線のスケール」を注意深く設定した。たとえば、円弧の中心を敷地の外側などに設定したり、線が隣り合う角度は鋭角にならないように整理した。造形の根拠が近傍との関係性のみに留まらず、周囲に見られる擁壁や空堀などの地形に起因する要素にも依拠していることを示唆することで、従来の建築のエレメントの序列を撹乱させようとした。このような態度は、無数の錯誤を引き起こし、単一の論理に収束しない、多様な解釈を許容する冗長性に溢れた建築のあり方を導き出すと考えたのだ。それゆえ建築というものは、単純な理解を拒み、 ある種の不安を掻き立てるような「不気味さ」として表出されるのかも知れない。「不気味さ」の表出から、 失われてしまった価値を手繰り寄せるような、先の見えない時代の生きる道標としての建築を世に問い続けたいと考えている。